日記より
○月○日
小さな消しゴムや貝がらが道に落ちていると、じっと見つめてしまう。学校では、使いかけの消しゴムを、とうとう私がもらってしまっておくことになった。ひきだしにいくつもころがっていると言って、みんな少しこまっているから。たくさん集まった消しゴムをどうしたらいいのか、今はわからない。おとなになるまでしまっておこう。
○月○日
ノートの上に消しゴムがころがっていた。いつのまにかカッターで削りはじめていた。消しゴムの中から小さな寝台が現れる。眠っている。夢を見ている。次々に形が現れる。最後に灯りのスイッチを削る。
○月○日
夢を見た。四角い消しゴムがひとつ、目の前にあるだけの夢だった。消しゴムは空洞だった。細い枠だけが残っていた。線だけで描いた図形みたいに。波に洗われる建築の骨組みのように。透き通った柩のように。夢の中で私は「これは消しゴムにちがいない」と確信していた。
○月○日
本を読み終える。作者は遠い国の人、昔の人。今はいない。どうして死んでしまったのか。どうして。気がつけば、いつのまにかいっしんに、一枚ずつ本のページを折り込んでいる。
○月○日
自分の声を忘れてしまいそうな日々が続いた。本に話しかける。本が答える。本を切りとる。骨のようだと思う。高い壁にかかげる。祈る。たもとにしまう。守りながら守られている。
○月○日
小学生の頃に書いた作文と詩と読書感想文を読み返す。遠い国のおとぎ話について。夢で見た墓標について。詩を書いているときの教室の静けさについて…云々。すべてを脳裏に焼きつける。写しはとらない。文字が書かれている四角い升目を、原稿用紙から切り抜いてゆく。それらをあつめると、小さな紙吹雪の山になった。くりかえし崩しては、まぜあわせている。
○月○日
升目が切り抜かれたあとの原稿用紙を見つめながら、それよりも一回り小さなミニチュアを作ってゆく。一枚一枚、そっくり同じ箇所を切り抜いてゆく。コップから少し小さなコップへと水を移し替えるような、ただそれだけのことだけれど、そうやって私たちはつづいてゆく。